温故知新とREMIXという概念 その2

先日に引き続き...

 

先日が音楽の話題で自分なりの「REMIX」の考えをしめしたので、本日は「温故知新」について。

 

いわずと知れた有名な論語の言葉ですが、

 

「昔の事をたずね求め(=温)て、そこから新しい知識・見解を導くこと。」

 

先日の日記でも記した「REMIX」の概念と基本一緒です。(自分的には)

 

ただ「REMIX」を「ブラックミュージック」に例えるなら、「温故知新」は「民藝」となります。(あくまでも自分的には)

 

民藝の祖といれば「柳宗悦」氏です。

柳宗悦さんは美の探求家であり、本当の美について突き詰めていった方です。

 

そして突き詰めていくことで見えてきたのは、「農山漁村の名も無き職人の手から生み出された日常の生活道具は、美術品に負けない美しさがある、美は生活の中にある」として提議されました。

 

つまり、作者が良く見せようとか、誰かに評価してもらいたい、による観賞用の作品は偽りの美であり、実用として昔から受け継がれてきた形や職人の技術にこそ、本当の美であるとの解釈です。

 

そして、その意志を意識して継いだかどうか定かではありませんが、柳宗悦氏の息子さんの柳宗理さんが工業デザイナーとして活躍していたときに、すでに出来上がっていた民藝の形や様式に対して、全く異なる「生きている民藝」として、野球グローブや電化製品などの工業製品を取り上げて、その時代に合った「民藝の精神」を伝えようとされておりました。(実際にも柳宗理さんが手がけられた品々もその精神が感じられた工業製品でした)

 

つまり、音楽と同様に先人の作り上げたものをそのまま伝えることだけではなく、その時代に沿った形や様式に合わせていくことで、より良い道具や品を生み出していこうという意志が感じられます。

 

まだ、いろんな事例をあげて説明できれば,,,と思うのですが、まだまだ長くなりそうなので、この日記で少しづつでもご紹介できればと思います。

 

とりあえず本日はここまで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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